Pro Toolsのオートメーションというと、「フェーダーのミスを直す」「音量バランスを整える」といった”修正”のイメージが強いかもしれません。しかし海外エンジニアのJulian Rodgers氏がSound On Sound誌で紹介しているのは、オートメーションを”作曲”の一部として使う発想です。
記事の発端も面白く、「リハーサル映像をDolby Atmosのバイノーラルミックスにして、カメラが向く方向に合わせて音の定位を動かしたら面白いのでは?」という実験からスタートしています。結果は本人いわく”完全に的外れなアイデアだった”そうですが、その検証過程で見えてきたテクニックが非常に実用的でした。今回はこの記事をもとに、Pro Toolsの「Glide To」「Write To」「Trim To」という3つのオートメーションコマンドを、通常のステレオミックスでも使える形で整理してご紹介します。
なぜこの3つが「効く」のか
通常、Pro Toolsでのオートメーションの書き方は「リアルタイムでフェーダーを動かして録る」か「マウスでポイントを打つ」の2択です。前者は感覚的だが正確性に欠け、後者は正確だがリアルタイム感がない。Glide To、Write To、Trim Toはその”中間”に位置します。エディット選択範囲(区間)を指定し、その範囲の始点・終点の値を一気に確定させる方式で、「正確さ」と「速さ」を両立できます。
Glide To —— パラメータを”滑らかに変化させる”魔法のコマンド
使い方の手順は以下の通りです。
- まず対象トラックに何らかのオートメーションデータが存在している必要があります。何もない場合は「Write To All Enabled」(Mac: Option+Command+/、Win: Alt+Control+/)で、現在有効になっている全パラメータのブレークポイントを一括生成しておくとよい
- 変化させたい範囲をエディット選択する(=トランジションの長さになる)
- フェーダーやパン、プラグインのつまみを”到達させたい値”まで動かす
- Edit / Automation / Glide To から適切なコマンドを選ぶ(パンだけなら「Glide Pan Only」、有効な全パラメータなら「Glide To All Enabled」)
- 選択範囲の始点と終点に自動でブレークポイントが打たれ、直線的に変化する
このテクニックは単なるパン処理にとどまりません。プラグインのパラメータを丸ごとオートメーション有効化(Mac: Command+Option+Controlを押しながらAutoボタンをクリック)すれば、EQやフィルター、リバーブ・ディレイなど「時間軸を持つエフェクト」にも適用可能です。つまり、モーフィング機能を持たないプラグインでも、後付けで”パラメータの経時変化”を演出できるということです。フィルターの効き具合いがじわじわ開いていく、リバーブの質感が曲の展開とともに変わっていく——といった効果を、専用プラグインなしで作れます。
Write To —— 「セクションごとのバランス」を素早く固定する
例えば「2番のヴァースだけギターを少し下げてベースを少し上げたい」という場面を想定します。対象トラックのVolumeオートメーションプレイリストを表示した状態で、その区間をエディット選択し、フェーダーを望む値に動かしてEdit / Automation / Write To Current(Mac: Command+/、Win: Control+/)を実行します。選択範囲の始点・終点に静的なブレークポイントが自動生成されます。さらに「Write To All Enabled」(Mac: Command+Option+/)を使えば、音量とパンなど複数パラメータを同時に書き込めます。
この方法の強みは、曲をセクションごとに”ラフミックス”していける点です。先に大まかなバランスをセクション単位で確定させてから、後で細かいリアルタイムオートメーションを重ねていく、2段階のワークフローが組めます。特に展開の多いポップスやEDMのアレンジで、サビ前後のバランス調整に時間がかかりがちな方には効果的です。
Trim To —— 「既存のニュアンスを壊さずに」全体を底上げ・底下げする
Pro Tools Studio/Ultimateには「Trim Automationモード」という機能があり、フェーダーが金色になって”上乗せレイヤー”として編集できますが、Pro Tools Introなど下位グレードでは使えません。Trim Toはこの代替となるコマンドで、選択範囲内の既存オートメーションの形(カーブ)を保ったまま、相対的にオフセット(底上げ・底下げ)をかけられます。複数トラック・複数パラメータ(音量・パン・センドレベルなど)にまとめて適用できるため、「このグループだけ全体的に3dB上げたいけど、細かい抑揚は崩したくない」という場面で威力を発揮します。
まとめ:「実験の失敗」から得られる学び
記事の著者は最終的に「カメラの向きに合わせて音を動かす」という当初のアイデア自体は”うまくいかなかった”と認めています。しかしGlide Toのおかげで、その検証にかかった時間はわずか数分だったとのこと。これはテクニック自体の価値以上に、「素早く試して、素早く判断する」制作姿勢のヒントとしても参考になります。
公式情報
Pro Toolsはサブスクリプション制のソフト音源・プラグインシリーズではなくDAW本体のため、価格はプランによって変動します。最新の価格・プラン内容はAvid公式サイトでご確認ください。



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